『騙し絵の牙』塩田武士

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大泉洋が好きなんで、読んでみた一冊。

 

最早、映画業界を抑えて斜陽産業の代名詞となりつつある「出版業界」。


中でも「自分たちが時代を創っている」という矜持ばかりが高くつき、

紙媒体が「過去の遺物」になりつつあることを、

理性では理解しつつも感情的に受け入れられない編集者という人々。


私が某中堅総合出版社で漫画雑誌の編集者をしていたのは、

すでに10年前だけど、

作中の編集者アルアルに「それな!」とツッコミながら

すっかりのめり込んで読んでしまった。


10年前でも、編集部では「昔は良かった。取材費も接待費もバンバン出たし、経費のことなんて考えずに面白いことできた」と、バブル期のイケイケ時代を懐かしむ上司たちがワサワサいたけど


就職氷河期の名残雪をかき分けながら、

アルバイトから潜り込んで正社員になった身にしてみたら

「はあ、そりゃ良かったですね」としか言いようがなかった。


雑誌は売れないのが当たり前、

一部の売れっ子作家以外には重版がかからなくて当たり前、

実績のない新人作家のコミックスを出そうとすると「他社で一冊出して様子見てからにしろ」と営業部に言われたり、それが売れたら「何でウチで先に出さなかった」と責められる。


それでも先輩に、自分の名前と出版社名の入った名刺を指して

「この『編集者』の肩書きさえあれば、誰にアポ取って会いに行ってもいいんだよ」

「お前が会いたい作家、会いたいタレント、会いたい学者、手当たり次第に会ってこい。雑誌の企画にさえなれば、何だっていいんだから」と、言われた時は身震いするほどワクワクした。

(もちろん、玉砕パターンの方が多いんだけど)


終電徹夜当たり前、休日出勤当たり前、

作家に呼ばれればどこだって飛んで行くし、どこだって取材について行った。


友だちの飲み会に参加して、お開きになってから、

社に戻って仕事する、なんてのもしょっちゅうだったし

友人の結婚式にも会社から行って、その後直行で原稿取りに行ったし

海外旅行で帰って来た成田空港から、荷物持って直接出勤したこともあった。


でも、楽しかった。

作家とモノを作り、それを世に出すということ自体に、中毒性があったと思う。


プライベートと仕事の線引きなんて、あるはずもなく

本気で結婚出産を考えた時に、この働き方はもう無理だ、と思って退職した。

(もちろん産休育休を取って頑張る先輩たちもいたけど)


そんなことが走馬灯のように頭をよぎり

大泉くんのモノマネや軽妙なトークも聞こえてくるようで

とても楽しく読みました。


最後のどんでん返し?(なのかな?)は、私には痛快でした。

「これ、マジで出来そう!」と思ったし

作者が社会派作家だったことを思い出した(笑)。


いやもう、紙媒体はキツいってのはもうしょうがないよな。


私はもちろん、紙の本も雑誌も本屋さんも大好きだけど

なにせ大量に読みたいので、場所と管理の手間を考えると

置き場所を考えずに買える電子書籍は、やはり便利でやめられない。


我が家は旦那が昭和気質なので、それでも新聞は朝刊だけ取ってるけど

紙ゴミって重いし嵩張るし、処分が大変だよね。


でも、娘が楽しそうに、

小学生新聞の好きな記事を切り抜いてコレクションしてるのを見ると、

手で触れることの大事さも感じる。


資源的にも、利便性の面でも、

紙の読み物は今後どんどん嗜好品、高級品になっていくんだろうな。


そんな出版不況の中、『鬼滅の刃』が社会現象化して

ドーンと書店に積まれてるのを見ると

他人事ながら「良かったね」と、ホクホクします。


がんばれ、出版!

なんとか生き残って、面白い作品を世に出していってね!

読む側として、応援してます(^^)